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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

ヤバイ…SM帝国の逆襲だ...


先日Innolifeの記事を引用して書いたのがこれ。

スマン氏の頭の中とforever「ユンジェ」

これを書いてから、ああ、スマンさんもここまで来てしまったか。もう「東方神起」以上のグループは作れまい。彼ももしかするとそろそろ終わりかな?と思った。アイドルを商品にしてここまで進んで来た彼が、彼の「商品」に造反され、SM帝国のアイドル製造システムにはJYJによって大きな風穴があけられた。JYJの手にした自由が韓国の若者をどれほど喜ばせているか。いったい彼は、チャン・グンソクの成功をどんな目で眺めているのだろう…ETC

甘かった。

あの人は悪魔かもしれない。本当に。

彼はもう「東方神起」を つくらない のだ。多分。

もちろん、興行的に彼らを上回るグループを作ることは可能だろう。しかし、「東方神起」は単なるアイドルでは終わっていなかった。彼らは実体をともなった「ファンタジー」だったから。アイドルは皆そうだと言う人がいるかもしれない。しかしそのうちの何パーセントが、「マリリンモンロー」やら、「ビートルズ」やら、「マドンナ」「マイケルジャクソン」やら「レディ・ガガ」になれるのだ?

5人の「東方神起」の創り出したものは目を見張るようなSMPのパフォーマンス、同時に存在するJ-POP歌手としての横顔、そしてそれに並列に並べられる、とても独特な5人の関係性の世界だ。韓国男児に流れる熱い兄弟の関係性であるとともに、腐女子ワールドに落とし込まれたカップル単位での関係性。中核に置かれた「ユンジェ」カップルを父と母として3人の息子で形成されたバーチャルな家族のファンタジー。5人はこのファンタジーの中を極めて自然に生きているようだった。

異国に送り込まれて、お互いをいたわりあわねば生きて行けない、韓国での栄光が全く通じないJ-POPの世界。必死に団結し、言葉を、習慣を覚え努力する5人。劇的な変化を遂げている韓国社会を象徴するかのような、モダンなライフスタイルと相反する儒教的な道徳観も背後に見え隠れする彼らは、韓国の古い社会と新しい価値観の境目に位置していた。集団主義と個人主義が同時に絡み合って存在する日本。個室の普及で一緒に食卓をかこむような家族の絆が薄れていくのに、いつまでも家族と暮らさねばならない低迷する経済状況。彼ら「5人」が見せる家族のファンタジーに、兄弟のドラマに、疑似恋愛を織り込んだ物語を、ファン達は愛した。

こういったことの全てが彼らの魅力を作り上げたと思うがが、この全ての流れがスマン氏の企画したものでなかったにせよ、彼らはSMという企画会社の一プロジェクトとして生まれた事は確かだった。アジアを席巻し、世界に出ていくアイドルとなるために。

その人気が頂点に達したとき、JYJ from 東方神起という時限爆弾が内部から炸裂した。SM帝国の壁に大きな穴をあけたのだ。それによるファンの混乱などはほかで書いているのでここにはもう書かないが、とにかく彼らはSM側に残ったふたりと、3人のJYJの二つに別れて存在することとなった。

SMエンターテインメントは、残った二人を戦士に見立てたカムバックを用意し、謀反を起こした3人に対峙させた。残った二人こそが正統なる「東方神起」なのだというメッセージを発した訳だ。切ない愛と裏切りのストーリーをそこに練り込むことも忘れなかった。5人で築いた美しい家族のファンタジーが、二人の男の熱い友情の物語に塗り替えられる。

しかし、ここへ来て例のスマン氏の発言を聞いた私は、おやおや、と思った。彼の作り出した5人の家族「東方神起」のファンタジー、そしてありえないまでの人気を得る「ユンジェ」という男同士、しかもバーチャルに父役と母役を演じるカップル、これこそがメディア、すなわちYoutubeなどの動画サイトや、モバイル端末の普及、画像処理ソフトの普及とファンの活動により自然形成的に作り上げられて来たものだと私は認識していたから、である。これにクレジットをやらずに、何がSMバーチャル国家なの?

ところが、今日はたと思い当たったのだった。

SMはもう、個々のグループを「東方神起」のように翼がついて飛んでいくような超絶カリスマをもつものに仕立てる気がないことを。二人の「東方神起」単体ではもはや、家族を演出することは困難なのに加え、スマンさんは自分の箱庭の中に、商品達を閉じ込めようとしている。SMバーチャル国家という箱庭の中で自由に動かせるアイドルたち。それは例えば、AKBのような、ガールグループの共演によるバーチャル女子校設定、腐女子マーケット対応にはボーイバンドのブランドの垣根をまたいだカップル形成(チャンミン、ミノなど)、バーチャルなストリートギャング、テニプリもどきのバーチャル部活も有りかもしれない、それらすべてをSM社の内部にお互いに関連付けて配置するアメリカで言ったらDisney社のアイドルたちのような売り出し方。その箱庭のなかでこそ輝きを放つアイドルたちをディズニーランドのようなヴァーチャルSMランドで自由に動かす。そのためのSNS使いを目論んでいるとしたら…SMアイドル達は生きてるバービーとケンじゃないか?

自社の囲いの中で、商品群を互いに関連付けることは何も新しいことではない。ジャニーズだって、いままでNEWSや関ジャニその他のユニットなどでやってきてるし、ファッションブランドなどでは、姉ブランド、妹ブランド、ボーイフレンド、キッズなど、関連付けによって存在する数種類の自社商品群を組み合わせることは当たり前。だが、これをバーチャル国家になぞらえてSMアーティスト総出でやったらどんなことになるのだろうか?彼らは生きている人間…どんなシナリオで動かされる事になるのか…

それぞれのグループのブランドの垣根をもっと低くしてお互いを行き来させることで生まれる関係性をファンにおもちゃとして与えようというのか...そうすればもはやグループの分裂やメンバーの脱退があまり大事ではなくなってくるうえ、ファンはグループに付くというよりSMに付く。私は、ファンはグループにこそついているのに、SMにどうやって引き付けることが出来るのか、この人は、いい商品を売り出せば無条件でファンがSM国家に付いてくるとでも思ってるのかと、最初おかしく思ったのだが、違う。 グループに分れているアイドル達を相互に関連付け、ひとつのおおきな括りで見せることによってSM社自体にファンを惹きつけるつもりなのだ、この人は…そしてこれからは5人の東方神起で負ったようなリスクは軽減する…

やはり、この人は悪魔じゃなかろうか…

私はアメリカに住んでいながらディズニーの商業主義が大嫌いで、ディズニーで許せるのはクラシックミッキー位しか無い。あのアイドル交代サイクルを見ていると、本当に「使い捨てアイドル」を見ているようでいたたまれない。SMが今やろうとしている事はそれと似たような事の気がするのは私だけだろうか。それなら「二幕神起」はどうなる?あと、どの位の期間が彼らにあるのだろうか…彼らの未来は??この怒涛の日本活動と韓流世界進出の第一波が一段落したときに答えは出ると思うけれど。また、SMのこの動きが、他社や独立系のアーティスト達に及ぼす影響はどういうものか?アメリカのようにインディー業界が相応の力を持って来ている場合はいいが、今の韓国の音楽業界はそんな状況ではまだないだろう。

注視するしか無い。ファンは肝に命じておくべきだと思う。ホミンがどんなに道理や信義を重んじる誠実な人柄であったとしても、彼らの居る場所は商業主義の真っただ中である、ということを。 殊に、SMが「国家」ブランドを打ち出すならば、SMに残った「東方神起」はSMの商品のなかの一ブランドに回帰せねばならないことも。彼らは必死にやっている。ものすごいパフォーマンスを見せてくれる。しかしいつか終わりが来る。それが、どのように演出されようと、終りを決めるのは多分彼ら自身でも、ファンでも無いということを。