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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

家族の肖像3 Heroと母の間

5人の東方神起はあまりに「ひとつ」で有りすぎた。

「まるで連理の枝のように」、異なった出自の五人が溶け合い、一つの大きな幹となり、離れることは不可能に見えた。これが「完全なるファンタジー」の体現であったからこそ、グループが引き裂かれたとき、途方もない痛みと共に沢山の血が流れてしまった。

キム・ジェジュン氏。

8人姉妹を姉に持つ末っ子長男。兵役に関する戸籍の調査時に二重戸籍がわかり、実親も明らかになっている。ユノ氏同様、地方の出身(彼の場合は公州)。

彼の出自(実親ということではなく、生育環境の意味で)が、かくも韓国の旧世界を引きずっていることは、現代日本では想像するのが困難なほどである。8人姉妹の上に男の子を養子に、とか、日本であれば戦前、70年から80年前くらいなら当たり前だった訳だが、それが異常なスピードで少子化が進み、出生率が世界の最低基準という韓国の社会現象と同居していることに驚かされる。超モダン現象が進む都市部と、旧世界に取り残された地方。

彼はそんな地方出身で、多分に旧い価値観や習慣の中で育って来ている人と私は思っている。5人ともそうだとは言われていたが、彼は特に頭が低くて礼儀正しいということでよく知られていた。チャンミン氏が松浦氏と握手拒否したときに「キレた」エピソードは、ジュンス氏がツイッターでイ・スマン氏を敵とする発言をしたとき、ユノ氏が「道理でない」と一蹴したエピソードに重なる。(簡単にいえば、「失礼」ですからね。チャンミン氏にもジュンス氏にもそれなりの理由あっての行動及び言動なわけですが私には王道カップル「ユンジェ」かつ東方神起の父と母らしい、エピソード二つ、と思われました。)

東方神起の「母」と言い出したのは確か彼みずからだったと思うが、ゆっくりとしゃべる話し方も、ちょっと天然なところも、確かにそのへんに居そうな母キャラではある。ちょうどその頃だったのだろうか、実の母親が彼の世界に現れたのは。彼は、「母」というものをその時、どんな風に捉え直したのだろうか?日本に行き、親と離れ離れで暮らすメンバーの寂しさを埋めるように、故郷の料理を作ったり、世話を焼いたりする彼自身にとって母性とは、どんな意味を持っていたのか。彼自身が自分を母と置き換えて、与える存在になろうとしたことは、やはり何らかの意味での「足りなさ」を自ら補いたかったのか。彼が、メンバー、メンバーと二言目にいうのはこの母性のなせるものか。

自らの命とまで思う東方神起。なぜ彼はリーダーのユノ氏と行動を共にしなかったのか。彼の行動の裏にあるものと韓国におけるこの訴訟の意味合いをもう一度良く考えてみるとき、私はフェミニズムというものを外せない気がする。ユノ氏は、もう見てのとおり、どこからどう見ても「男」で、その「男らしさ」にファンはひかれるわけだが、同時にそれは男性性への降伏だったりもする。SM社が「王」としてアイコンに据えたがるのは彼のその家父長主義的な社風を否定しないイメージにもあると思う。(最近男性ファンが多くなってきた、というのも頷けるファクター。)

それなら、一体なぜ、韓国ファンたちはああもSMアンチに回ったのか?その背景にはいまや日本が忘れてしまっている「女性蔑視」が存在すると思う。韓国のファンサイトを回って見たときに、ファンを「猛烈ミーハー女」としてしか扱って来なかったSM社の態度を指摘されておられた方がいた。この人はホミンファンで3人はお金のためにSMを出た、という立場では有った。だが、自分たちが受けてきた扱いから、SM社のファンに対する態度は改められるべき、とも書かれていたのだ。そのことを思うとき、この訴訟はSM社への女性の側からの「家父長制」に対する反抗でもあるのだということは、日本ファンも考えてみていいことだと思う。韓国ファンの上げた声というのが、自分たちが「与えられたアイドル」を消費していくだけの「ミーハー女」になりたくないという主張でもあることを。また、彼女らは前例からある程度はこの分裂が予測できてもいたようである。

考えると、ジェジュン氏は古い価値観を自らのうちに残しながらもやはりイデオロギー的には個人主義、革新主義的な性質が有るのだろう。ここにはジェジュン氏が8人姉妹に囲まれて育ったことがつながって来ていると思う。両親というよりは、彼の母親ほどの年齢の姉達を含む8人の存在と影響が大きいのではないか。彼には女性的視点というものが備わっていて、男である自分を客体化している部分があると私は考える。(ナムジャと乙女を行ったり来たり、等) 現実の「性」を超えるような行動や、言動の数々。それがすなわち家父長制に取り込まれない自由な態度といったものになってきていた気がする。そして、ユチョン氏とのソウルメイト期が訪れる。彼は自らも異文化体験(彼の場合は自ら進んで求めていたようなところが有るが)することでユチョン氏の懊悩も理解するようになったのではないだろうか。逆にユチョン氏もジェジュン氏の頑なさの影に隠れていた自由さに気づき出したものか。

JYJとして分裂、訴訟に至った背景には、日本で色々なものを見てしまったこと、所属社を正しいと思えなくなった等、色々な事由が複雑に絡まり合っているだろう。(私はそもそも、彼らがお金を「目的」としていたのでは無く、独立する「手段」として求めていたと考えているのだが。ま、たくさんあるに越したことはない。でもあの会社でなくともよかったんじゃ、とは思う。) 彼とユノ氏との間に分裂前に何があったのかは私たちには知る由もない。しかし彼らはあまりにもしっくりとくる「パートナー」であった。だから、ファンがここに「夫婦喧嘩」を見るのもあながち間違いではないのかもしれない。私は、彼とユノ氏の間にどんな形であれ「愛」が介在したと思っているくちなので。だからか、このとき「愛より熱く」自由を求めたジェジュン氏が、その後「自由を得た代価として失った愛」、に歯ぎしりするような思いを抱いてしまう。

それでも、彼は強情だ。どんなに批判されても、この言葉から逃げていかない。

JYJ from 東方神起。

ユチョン氏と共に体に刻んだ「Always keep the faith」はこの言葉と共にあると言う気がしている。

ユノ氏が二人の東方神起として復活したときにジェジュン氏は、二人に守ってくれてありがとうと言いたい、とコメントしている。それがどんな形であれ、ユノ氏はその肉体そのものが東方神起である。そして肉体がなければ忘れ去られる芸能界で、二人で復活したことには意味がある。

そして、JYJはJYJとして成功することが課題だ。未来を描くためにはきっとどうしても必要なことなのだ。5人がまた集まっても以前と同じではない。それはもちろんそうだと思う。でも違っていることもまた私は楽しめるのではないかと思っているのだ。

*追記:
今度5人が一緒に何かをするときには、「連理の枝」のような形ではなく、ひとりひとりが自由で有りながらなおかつその間に有る空気を見せてくれるようなかたちになって欲しい。ジェジュン氏には制作のセンスもあるようなので、良いブレーンを得て頑張って欲しいと思います。彼には沢山の褒め言葉があるのですが、皆さんがもうそんなことは百万回も言ってらっしゃいますので、いろいろ割愛してます。(笑)たくさんの人に愛される彼ですが、最近は愛が満ち足りているんでしょうかね?

英語字幕ですみません。軽く翻訳。ユスがHUG!JJ「ユスは〜髪の毛が長いから娘で、こっち(ホミン)が息子。自分が母」。つづいて、YH「エッお母さんて?俺の奥さんじゃなくて?」爆笑!