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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

コトダマ

またまた、いろ〜んな事件が出てきてますね。
出てくるって予告してましたし、ここにお集まりの皆様には特に驚かれなかったと思います。
ロッテでJYJのドキュメンタリーも公開されますし、裁判も有りますし。
SM社のなかにいては、絶対に出てくる事のなかったものがまだ出てくる可能性が有りますね。これは。
逆に、裁判でどのような事が明らかになるのかも見ていけばいいんじゃないかと思います。
(なるのであれば。)


JJが英語でツイりましたけど。
Interview with God の1節ですね。かれこれ、数年(10年くらい?)前に、友人がどうしても「読め」というんで
読みました(笑) 宗教に興味がなくとも読めるからと。
しかし、神様という単語にすら抵抗を覚える私の石頭にはなかなか染み込むことはなかったです。
(でも、「神さん」てのも単に解釈の一つかと最近は思えるので、私もまるくなったとは思います。)

で、問題のツイート。

That they live as if they will never die, and die as though they had never lived.
人は死ぬことなどまるで無いかのように生きるくせに、生きたことなど全く無かったかのように死ぬ。


人という部分を「アイドル」と置き換えてみれば、どうでしょうか?
メディアの中で生かされて、殺される存在。

それから、このブログを始めたばかりの頃に書いた、もうひとつのQuoteがあります。マリック・ユセフの言葉。

The illusion is everyone wants the truth, but the truth is everyone wants the illusion.
誰もが真実を求めるというのは幻想であるが、真実は誰でもが幻想を求めるということだ。

私たちがアイドルに究極的に求めてきたのは「幻想」に違い有りません。
求めるから、求められたから存在した虚像は、必要ではないとされた瞬間、「生きたことがなかったかのように」死にます。これは、どのアイドルにとっても、どんなオーディエンスにとっても同じように起きる現象だと思います。

ですが、アイドルであることを背負った彼らは「殺されて」も尚、同時に生身の人間としての生も生きていかなければいけないということ。同時にオーディエンスは彼らをまた「生かす」ことができる存在であるということ。以前とは違う形であっても。

そのことを私達受け手がとりあえず、了解しておくことが必要ではないかというのが、今般の一連の報道、東方神起現象全体を通じて今思っていることです。

追記:
かんみさんのコメントよりJJツイ、他の二つも和訳が欲しいかたのためにつけておきます。ほかで公開されている訳とはちょっと違うかもしれません。平たく訳しました。