夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

「金と女」

何、この物騒なタイトルww

いつか書こうと思ってた件を今日は、書いてみたいです。

女の自立にお金は必要です。ということ。
まあ、誰にとってもお金が必要な世の中ですけど、親の扶養家族であったり、サラリーマンとか主婦であるとか、その方の属性によっても、お金に対する捉え方は、違って当然だと思います。

それがどうして、TVXQに関係しているかっていうと。

この分裂劇が、よく「離婚」として語られる、ということがあります。
こちらにいらしていただいている、奇特な読者様の間でも、そういう見方は多いように思えます。
(ただ、あくまでも、私的には、これは「ユンジェ」ではないのです。もちろんそういう見方がとても多い、とは知っているのですが。。。)

私が思い描く離婚劇の当事者は3人という「妻」とSM社「夫」の関係です。
そして私はこれが3人の自立劇であると思っています。それは、音楽事務所でも何でも無かったC-jesをほぼ最初から立ち上げたに等しく思えることや、当初こそエイベックス頼み、他外部プロデュースもあったものの、だんだんと3人の独自の色が出てきたことで彼らの独自の音楽性が見て取れるようになったということがあります。

この「離婚」に際して、韓国で多くのファンが3人側についた、という事実は私に背後にある「フェミニズム」の動きを思わせます。すなわち、「妻」を家庭に閉じ込め、自立させまいとする夫=家父長主義への女性の反発です。東方神起のファンに女性が多いのは周知の事実なんですが、SM社が、所属アーティストへの対応でファンの不信を買って来た歴史が有り、それが前時代的な「家父長主義」に基づく処遇と、彼女たちが知っていればこそのSMアンチ、であったと思えるのです。

それで思い出したのが、5人時代に彼らが出演したTV番組で、日本に来て驚いたことに、日本の女の子達が、ミニスカートで自転車にのる、というのを上げていましたね。「お父さん、怒らないんですか?」と。日本の女子高生が「親父」の言うことなど、聞くわけがないことを彼らが知らなかったのが新鮮でしたし、逆に韓国での「父権」の大きさにびっくりしたくらいです。日本女性がとっくに手に入れているものをまだ手にしていない韓国女性の現実というものが、この訴訟にも影響している気がしてなりません。(例え、外側は日本人よりも洗練されて見えたとしても、です。)まあ、ぱんつまる見せにすることが女の自由の象徴だなんていう気は毛頭ないのですが、事象として父親の権力というものの大きさが現れてはいるなと思うわけです。。

そして、この訴訟劇で問題とされた二つの争点。

つまり3人側から見れば「契約の不当性」と、SM社側から見れば「金銭欲」という相容れない主張なのですが。。。
裁判でどのような結果がでるのか私は全くわかりませんし、結果を待つよりほかありません。

あくまでも「傍から見ていて」という立場に過ぎませんが、ちょっとだけ自分の考え方を述べさせてもらえるなら、「契約の不当性」は確かに存在していると思いますし、3人には「金銭欲」が有った、のではないかと思います。しかし、私はこの金銭はすなわち「自立」を意味していたと考えています。お金がないと独立することは不可能ですから。

アメリカを引き合いに出すなら、ミュージシャンは音楽器材、ツアーバス、旅費、ローディー費用など全てを自費でまかないます。エージェントは依頼を受けで仕事をとってきますが、ツアーなどの費用はミュージシャンがその収益から出します。もちろんマネジメント会社、経理会社、広報など、いろいろな人々が周囲に居ますが、その費用も全て彼ら自身の収益から出す形です。要は、"自営業"ですよね。彼らの今の立場がどの位これに近いかはまた別の話にはなりますが。(考えると、ユチョン氏のラップ曲の歌詞にも、そういう影は見えると思います。)

日本や、韓国のように芸能社に所属して、その会社から報酬をもらう形の芸能人しか見慣れていなければ、自営業としての芸能人、というのが一般に想像しにくいのだと思いますし、マスコミは、タレントの経費だとかそんな地味な案件よりもスキャンダラスな、目を引くニュースを報道したいわけですし。まあ、そんなこんなで、彼らがどれだけ「金の亡者」であるかとかは、瞬く間に広まりましたが、お金の流れ。。。つまり所属社からもらうのではなく、所属社に収益を逆に入れている、という流れはほぼ参照されない、という事で今に至っていると思われます。

何よりも、日本は今や「清貧」なことが美徳ですし、お金=汚いというステレオタイプの強さは、多分世界一かもしれないです。また、芸能人がある程度「バブリーさ」を表に出さないと、仕事が入ってこない、というような韓国の情況も、なかなか伝わらないのかもしれません。

この裁判で、もう一つ面白いと思ったのが、韓国の裁判官達の高度なリベラリズムでした。「結婚」というものを男女間の契約、とみなす米国では離婚裁判の時にも「契約」を当事者どうしがきちんと履行しているかどうか、関係性が修復可能か不可能かで、離婚の是非の判断が出ることが多いです。(州によって違いますが。)つまり、浮気等が原因の場合で関係が壊れたとしても、壊れていること自体が問題で、浮気をしたことを離婚の可否には含めない、ということ。この裁判でも、両者の間の信頼関係が崩壊していることが挙げられていたと思います。この事由によってSM社と3人が契約を続行することが難しいと。

契約の原点というのはおたがいの信頼に有りますよね。どちらか一方でも信頼ができない状況になれば、その契約は解除されてしかるべきでは無いでしょうか。長さや収入条件もさることながら、契約自体を解除できないような違約金の存在は、やはり不公正と言われてもしかたのない部分でしょう。そしてこれが一番おおきく、自立を阻む壁であったと思いますし、自立させたくないからこその法外な金額の違約金条項だったとは思います。そして究極として、彼らには「自立する権利」があったのか無かったのか?

*あくまでも私は、この「自立」とは3人とSM社の間のことであり、3人は所属社が変わっても5人で東方神起を継続したいという希望を持っていた前提でお話してます。裁判記録でもそのように記述があったはずで、SM社がそれを認めない立場を取ったと理解しております。東方神起はこの離婚裁判において何かと言えば、SM社と5人の間の「子供」のような存在だと思います。両者が一緒に作り上げたものなのではないかと。今はその親権をSM社が主張している。これ等もかなり父権主義的であると思っています。

東方離婚裁判、どうなりますかね。。。

今回、このタイトルでどんだけ〜の人がぎょっとして記事を見るかなって楽しみなんすよね〜www
センセーショナリズム、使ってみた!って感じですか。。。