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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

ユンジェの力学 5 ユンジェのお仕事

この記事、本来は限定モノのこっぱずかしい記事に当たるのですが、当ブログ読者様にはおなじみのとみさんの「とみ的東方神起論」とリンクをかけるために限定解除しております。

とみ的東方神起論最新記事はこちら。

愛すべきバカップルとして幾万のファンを萌え死させる「ユンジェ」。ユンジェを媒体としてユノ氏とジェジュン氏が私たちに語りかけるもの。それが、今回のテーマです。
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私は東方神起のユノ氏とジェジュン氏による「ユンジェ」が好きです。
それは、二人がとてもプロフェッショナル、だからです。

某2Uファンのご同輩が言いました。ユンジェは「演出」が過ぎて萌えない、と。←誰ですか〜ww

演出。ふふふ。当たり前です。
だって、彼らは3次元BL界のカリスマ。考えうる限り、最高の人気をたたき出している男X男のカップル。5人の東方神起の父と母。3人の息子も居る。無理もない。あまりにも美しい二人だし、動画サイトの創成期と彼らのデビューの重なり、韓国でのネットの普及率の高さ、等、数々の幸運が彼らの人気の生成を後押ししましたし。ある程度の年齢をすぎている、旧タイプ腐女子にとって「関係性」というのは最大の萌えポイントであるため、彼らの「関係性」にヤラレた東方神起腐女子ファンも多数だと思われます。関係性は、つまりそういう「設定」がなければ出てこないものですが、彼らには会社が与えるキャラクター設定があり、カップル戦略が有りました。「ユンジェ」はまごう事なく、SM社の「企画」でした。会社によって腐女子市場に乗せられ、公式Video上ですら「王道」「夫婦」という言葉で語られ、最大のファン数を誇るCPとなっていったのです。

でも、私が面白いと思っているのは、その美とか、エロさと言うよりも、デビュー当時からその物語をメンテナンスしてきた二人が、自らFFを読み、ファンの求めるものを知り、そういったものを難なく受け止めている事。普通の男子には精神的に相当過酷ななことでは無いでしょうか?いやLGBTに分類されるセクシュアリティーの持ち主であっても嫌う人は嫌うのですから。(それもかなり高い割合で。) それを物語るエピソードがいくつも残っていることです。彼らは見られる側、設定される側の人間でありながら、彼ら自身が見せる側にも回っていた。。。これはかなり画期的なことであると思っています。彼らが、企画の中で自律的にユンジェを演出できるなら、企画の外でもそれは可能であると思わざるを得ません。

一方で、彼らの振る舞いが「演出しすぎ」と受け取られるのにも関わらず、「あまりに自然」「リアル」「ガチ」と受け取られているのも事実。確かにそこにあるケミストリーは、「恋人でなければ出せない」様な真に迫ったものが有ります。ガチ確信動画、などというものも多々存在します。演出とリアルの交錯。

何よりも私が一番に素敵だと思うのは、彼らのお互いを「伴侶」と認め合う関係性、です。彼ら二人の、この「伴侶」としての振る舞いが5人の東方神起を成立させるのになくてはならない要素でもあったと、私は感じています。

二人が演じる「ユンジェ」カップルが、腐女子や、腐女子ではなかったファンまでも巻き込み、拡大した人気を博すにつれファンの間の「ユンジェ共同幻想」も大きくなっていったと思われるのですが、そこに「分裂のシナリオ」が張られたのが2008年終盤から、2009年にかけてと言われています。「ユンジェ禁止令」やら、「ユンジェの喧嘩」がそうでしょうか。

結局、この分裂のシナリオは、ユンジェに向けられていたというより、5人が「同じシナリオ=企画」に従うことで分裂は回避できた事だったかもしれないという種類のものですが、その代わりに近い将来の解散が待っていた可能性も高い。彼らは、あと少しでアイドルとして頂点に届く筈だった。それが決定的に引き裂かれたのは、彼らの音楽、方向性がオリジナルの企画と違って来ていたという部分では無いか?すなわち、私の思っていることは彼ら自らも言っているように、メンバーがお互いが嫌になり分裂したものではなく、あくまでも企画社の意図に添えるか、添えないか、そのことが理由の中心であったのではないか?

5人の分裂と共に崩壊した美しい物語としての「ユンジェ」。

ところが、ここからまた新しい物語が立ち上がりました。すなわち、動画サイトで現在も沢山みられる「ユンジェは終わっていない」という言説やら動画、ユンジェブログなどで良く検証されている、二人の持ち物や衣類などのかぶり(つまり、早い話がおソロ爆弾)エピソードなどが多々上がってくるという事象。つまり「リアルユンジェ」の登場です。企画社の企画は届かないとみなされる「リアル」にユンジェの物語はシフトしました。

そこへ、です。先日のジェジュン氏の暴行音声ファイルの追加を、またまた例のDispatch誌が再度取り上げたというニュース。ジェジュン氏が女性のアパートに行く途上の出来事で、それと知られたくないための行動だったという「ユンジェブレーカー」な報道もあった様子。

ユンジェがリアルと思われるファンには厳しい現実だったのか?
ユンジェはリアルでは無いのか?ジェジュン氏はやはりユノ氏にふさわしい「人間」ではない?

そもそも、ジェジュン氏が音楽を仕事にする存在、その意見の違いから上の人間にすら反抗するような「人間」、ではないのだったら、彼はその人にとっては単なる幻想に過ぎない。「人間」ですらない、単に萌えを運んできてくれる便利な存在なのでしょう。自分の期待に沿わなければ「お前は死んだ」と切り捨てることができる。

私はこんな風に思っています。

彼らの魅力というのは、逆説的では有りますが、彼らがただ「ユンジェ」として2次元のBL素材のように存在していたからではない。受けだの攻めだの、BLテクストのお約束を超えたところで、自由に振舞う2人。そして5人というより大きな関係性の中でユンジェはママでパパで、そしてそのコアで。何より彼らはお仕事するオトコで。音楽をする人々で。アイドルという時を生きる、しかし生身の存在で。彼らが困難のなかから私たちに投げかけている「サイン」を受け止めるならば、私たちにとって彼らは「リアル」では無いのかと。

萌えだけでは語ることができない、それがユンジェの力学、であると。

Colors of my days
おてての画像。旦那様がお嫁様の小指を持ってしまっているところが可愛いと思いますww
お借りしております。


*これで力学記事、終わりではありません。。。まだまだ続けさせて頂きますYO

追記:相当期間が経過していますので、限定に戻しました。これから最新記事は一定期間公開の後、限定に変更致します。