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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

Stigma−綺麗なもの、汚いもの?

これは6月16日に私があげた記事です。JYJの『ピエロ』の世界観を皆様と一緒に解釈してみようと試みたものです。最近またSJヒチョル氏のツイアカ閉鎖、ユチョン氏のサセン隠しカメラによるショッキングな映像公開と騒がしくなっています。こんな時こそ、今一度このブログを訪れる皆様に確かめて見てほしいと思い、これをトップにあげておく事にしました。本当はヒチョル氏の文章訳文も載せたいところです。でも悲しくて、その文章をもう一度見ることができないんです。ご容赦ください。それでも「強い」彼が好きです。


Stigmaという言葉なのですが、キリスト教では聖痕。
つまり磔台に登った際に手足に打ち込まれた杭によるキリストの疵という意味も有ります。

封建時代の領主が所有の印として動物や、奴隷、或いは犯罪者につけた「烙印」。この中には例えば刺青も含まれています。

また、この言葉を社会的な意味で扱うなら、それはラベリングに使われる性質のものでも有ります。
健常者と障害者、かたぎとヤクザ、男性に対しての女性と子供、ヘテロ性愛者に対するホモセクシュアル、などを区別するラベル貼りがStigmaによって行われる。というよりも先にそこに差別がある。そのために、その区別をラベルによってつける、と言ったほうが正しいかもしれません。

それは例えば、育ちの良い二人。育ちの悪い3人。背が高く筋肉があり男らしい二人、背がそれほど高くもなく筋肉もそれほどでもなく女みたいな3人。

注意しなければいけない事は、これらは原因と結果を意味しないという事です。
排除すべき対象は既に決定済みである。という事。原因結果論という場合、例えば人種差別が本当に人種の間に存在する優劣によって発生するという主張があります。また例えば、いじめられる人間にはそれなりの理由があるとする主張も。しかし、そこには確かに前もって決定された排除の対象がありますね。区別を刻む行為によって差別は成立してしまいます。

『ピエロ』日本語字幕付きをお借りしてきました。どんな「檻」の中に彼らはいたのか今一度考えてみようと思ったからです。このMVで、ジェジュン氏は非常に男らしいビジュアルを見せています。同時にアルバムに収録された『Nine』には「変わってしまった僕の姿を見て」と。そして、Xiaの新しいMVではジュンス氏が女装や、中性的なビジュアルを見せたことにも注目して欲しいと思います。


JYJ『ピエロ』日本語字幕付き。お借りしています。


韓国では何度も論難に上がった東方神起のセクシー全開路線の事は日本ではあまり話題になることはなかったと思います。彼らに対する性の幻想は膨れ上がり、Youtubeなどの動画サイトではSex Godsと呼ばれるに至ります。2次創作が大々的に行われ、それは今でも続いています。企画社が逆にそれらの二次創作を元にBL風の映画まで作ったり、カップル路線を敷く。どちらが先なのか分かりませんが。特に腐女子仕様のカップル路線はカップルのどちらかを「女性」的に設定する「攻め」「受け」を基準にイメージを作り上げます。それがアイドルとしてのイメージの固定化にまで及んでいた気がします。誰が一番女性的なイメージを背負わされ、誰が一番男性的なイメージを負ったか?それは彼らが望んだことだったのか。また、プライバシーの保護というものはなかったのかな?とも思います。もちろん表現の自由は認められるべきでは有ります。

執着と所有欲のかたまりに女を仕立て上げて、それによってアイドルを24時間檻に閉じ込める方式が「戦略」だったのは日本でもそう遠い昔の事ではないかと思います。追っかけが社会現象化した80年代、確かに日本でも同様の現象があったと思います。それは有る意味でアイドルに科せられた運命かもしれない。でも、サセン騒動の音声を聞いても動画を見ても、彼らの堕ちた迷宮はあまりに深いのではないかと思いました。そしてそうでなければファンからの「愛」は得られなかったのだろうか?彼らが「ピエロ」と呼んだ実態は果たして過酷な労働か、それに対価が得られないことだったのか?

「その汚い手をどけてよ」
「まだ幼い僕達になにをさせようというの?」
「触らないで」

でも、彼等は日本では、TVで服を脱ぐ事も無ければ、サセンに追いかけられることもほとんどなかったのではないでしょうか。静かにバラードを聞いてくれる日本のファンに対する彼らの感謝の言葉を聞いた事も有りました。提供された楽曲は、スタンダードな切ないJ-POP。性を強調する要素はK-POPに比べ少なかったと思われます。実際、芸能界でもSMAPの「世界にひとつだけの花」が出てからは、ナンバーワンというコンセプトではなく、「オンリーワン」というコンセプトが主流をもぎ取りました。大げさな性的な強調が男性アイドルに見られなくなっていたと思います。

『ピエロ』。確かにディスかもしれません。しかし、今一度それが何にむけてのものだったか、何を本当に示しているのか考えてみてもいいのではと思います。単に彼らだけの問題で済むことではないのではないか、と思うからです。