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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

ブログというメディア

今日は、ここに『ブロガーの行動規範』と呼ばれる7つの項目をあげてみます。

? Take responsibility not just for your own words, but for the comments you
    allow on your blog.
自身の言葉だけでなく自身のブログに表示するコメントにも責任を持つ。
? Label your tolerance level for abusive comments.
罵倒的コメントに対する自身の許容レベルを明らかにする。
? Consider eliminating anonymous comments.
匿名コメントの削除を検討する
? Don't feed the trolls.
荒らしは相手にしない。
? Take the conversation offline, and talk directly, or find an intermediary
    who can do so.
オフラインで対話を持ち、直接に話すか、またはそれが可能な仲介者を見つける。
? If you know someone who is behaving badly, tell them so.
ひどい振る舞いをしている人が知っている人物であれば、彼(彼女)にそう告げる事。
? Don't say anything online that you wouldn't say in person.
面と向かって言わないようなことはオンラインでも言わない。


これらは2007年に、オープンソース運動などで著名なティム・オライリー氏が、彼と親しい有名ITブロガーであるキャシー・シエラ氏が巻き込まれた殺害脅迫事件をきっかけに提唱したものです。

オライリー氏自身が語るとおり、これらは「考えるべき」事項ではあって、しかし強制力などを持っているわけではありません。誰にでも、どんな国、文化の条件の下でも当てはまるという性質のものでもありません。そして、この他にも、法令遵守を含めて、ブログを書くには色々と配慮しなければならないことが有るでしょう。

私がいつも思っていることの一つに、ブログは「感情のメディア」であるという事が有ります。これは、ブログが大衆化するにつれ、一般に手が届きやすくなり、「個人の日記」という性質を大きく持つようになってきたからだとは思います。ブログのタイトルで本当によく目に付くものをあげると「日記」「徒然」「Diary」などの日誌系、「〜の向くまま」「気ままに〜」などの自由帳系のタイトルが本当に多い。また、多いのが「〜の部屋」、「〜の館」といった個人的なプロパティを示すもの。タイトルではなくてもサブや、紹介にそのような文言を見かける事が非常に多いです。それは、とりもなおさず、ブログがとても個人的な思念を綴る場として認知されているからにほかならないと感じます。(ほかの目的のブログも、もちろんたくさん存在します。)

確かに、自分自身の部屋を整えるのと同じように自分の思いを自分のネット上の部屋に置く事は個人的な行為ですね。そしてなかなか言えない思いなど書き綴る事によってカタルシスも生まれるでしょう。そしてそんな思いを受け止め、共有してくれるギャラリーもブログには存在します。感情を伝えないブログは、面白くないとも言えます。しかしブログがそんな共有メディアであるという部分が、ポジティブである分、また他方では非常にネガティブに作用してしまうことも往々にして有ります。

私は幸いにして、今まで皆様のような読者の方に恵まれ、ほとんどコメント欄が荒れるとか酷いコメントをいただくことは無く過ごしてまいりました。でも、中には非常に荒れたコメ欄等を見かける事がまま有ります。そして、そのような場が個人攻撃の場になっていたり、噂の発信地になったりもします。ネガティブにつけ、ポジティブに付け、そこに集まり意見する人々の感情を恐ろしく増幅させるのを、何度も見かけました。

ブログを通した意見形成というのは、確かに存在すると思います。記事の内容ももちろんですがコメントや拍手などを通して多数の閲覧者にある「判断」が生じ、それが「承認」されていきます。(東方神起現象では非常に顕在化した事だと思います。)

現在では、ブログの書き手は多様です。非常にハイレベルな学術ブログから、小学生の日記まで、プロもアマチュアも同じレベルで発言が許される場でもあります。その個々のブログを信頼するに足るもの、と認めるには、読み手によって色々な条件付が必要でしょうし、読み手のリテラシーが問われるところでもありますね。しかし、ブログが「感情増幅装置」として機能する事をそこで、考えてみるのはどうでしょうか?情報をどんな「感情」にでも置き換えられてしまうのが、ブログの良いところでもあり、そしてひどく怖しい部分でもあると思います。

しかし、インターネットに設置されたそのような環境はどうしたって「公共の場」です。全部が非公開であれば、ブログをつける意味などありませんし、インターネット自体が公共の場ではないでしょうか?

日本のブログ界は実名は少数派で、匿名が過半数を占めるのだと思いますが、その「匿名性」をユーザーは楽しんでいると思います。かくいう自分も匿名です。だから、上記の上がっているように、匿名のコメントを全て削除する事は出来ません。(しかし、IPアドレスも、自分のブログのプロフィールも何も無い状態で、何かを言ってくる、ということには好感は持てないですよね。。。)

「匿名だから何を書いても許されるし、表現は自由」と、あるいはそこまでではないにしろ自分のブログなど誰も見ていない、とたかをくくる、という事も、もしかしたら誰にでもあることかもしれません。私自身も自分のブログなどそれほど読まれてはいまい、と思っていたクチです。そして表現の自由は守られるべきです。しかしそれが、他の人間の権利を侵害してはいけないですよね、やはり。オライリー氏がいう、7番目、、最後の条項は、私にとっては守りたい条項に思います。(それ以外も大事なのですけど、ケースバイケースという事はありえますので。。。)

また、条項外ですが、引用や参照には気をつかってはいるものの、それが完璧と言えるかどうかまでは自信が持てません。また状況としては、ネットユーザーにオンラインとオフラインのダブルスタンダードがまかり通ってしまっている現状です。ですからこのような規範が効力を持つのかという事は、解りません。前述したように強制力が無いので、悪意を持つ人を遮る術はないですしね。

ですが、こう言ったものが存在し、お互いを気遣いながら、ネットを使おうという人々もいるのだということは私の記事を読んでいただいている皆様とはぜひ共有しておきたいという気持ちから、ご紹介してみました。(知ってらっしゃる方も多いかもしれないのですけれどね。)


参照記事:

http://en.wikipedia.org/wiki/Blogger%27s_Code_of_Conduct

http://jp.blogherald.com/2007/03/29/ive-got-no-sympathy-for-mean-kids/