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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

「私」が東方神起を「消費」する理由(3)OはオリエントのO :帝国、共和国、韓流&非白人マスキュリニティ

続きです。(2)はこちらになります。

性や愛といったものを商品にしてしまって良いのかどうか?といったきわめて基本的で倫理的な疑問を不問にし たままで、世界は益々グローバル化(消費社会化)していきます。アイドルなどの感情労働、あるいはセックスワークにしても実はそれに従事する人の問題ではなく、その構造自体と消費するほうの問題でしょう。映像作品、CDやライブが滞りなく消費者に届けられる、それ自体は「資本主義の正義」と言えますが、それだけで良いのか?商品が存在したりしなかったりする事は商品の自己責任であるのか?その陰で生産過程や中間に搾取が起こっていないかどうか?

皮肉にもそういった「グローバル化」によって私たちは自分の「欲望」と向き合わざるを得ないという事が実はあるのではと思います。「女」とその「身体」は歴史的に交易され*1消費される客体である事が男性よりは圧倒的に多かった。おそらくはその経験ゆえに、いざ男性性が商品として消費してくれとばかりに目の前に差し出されたときに、立ち止まり躊躇ったり、考えたりする。それは「しなくてよいこと」なのかどうか?))

そもそも、私たちを動かす「欲望」の正体を私たちは本当に知っているのかどうか?という事も問題の一つです。それは目の前の肉体と交接したいという欲望か、自分の肉体に快楽を得たいという欲望か、それとも再生産(生殖)への欲望なのか?更に「商品」としての女性性がたどった歴史的な運命を見るとあまりいい気持になることがない。見られ、望まれ、収奪され、支配され、征服され、管理され、破壊される。「護られる」のは、敵に「財産」として収奪されることを防ぐためでしかないことが透けて見えてしまう。

実はグローバル化の基底にある「オリエント征服」*2、あるいはもっと新しい言い方で言うなら西欧のGlobal Southへの侵略や植民地支配は、男性による女性性の周縁化と重ねて見られることも多いです。*3

オリエントは肥沃な大地、しかし、一方で文明(理性/男性性)の届かない暗黒(自然)の領域ともみなされ、それが、女性性と重複するイメージでとらえられる。「女」に向かう「欲望」に「支配」や「征服」が入り込むのは近現代化のこうしたメカニズムの影響を無視して語ることはできないでしょう。むしろ、支配や征服、破壊自体が「欲望」であるかのようです。絶対強者である「白人男性」を除いたすべての属性、が「女性化」されるという事は腐女子用語でいうならば、攻めが一人だけの総受け状態のような世界、と言えるのかもしれません。そうすると、例えばアジア人のマスキュリニティなどはこの構造の中で「女」と同様に扱われ、征服されるという事になります。

このような「グローバル」消費とその構造に対する視点としてジェンダーやセクシュアリティの考えを入れていくことは、必要性の高いことだと感じています。資料用として買った本で、ソーシャルメディアを通じて拡散した2000年代からの韓流について書かれた論文集を紹介しておきます。

www.amazon.com

この本の中で、特におもしろかったというか、参照したい論文3本について覚え書きを以下に。

"Hallyu versus Hallyu-hwa: Cultural Phenomenon versus Institutional Campaign" JungBong Choi. p31-52.

  • 韓流というカテゴリーの境界線の問題ー韓国ポップカルチャーなら「何でも」この語に含まれるのでないとすれば、誰がそれを決め、基準がどこに設けられているのか?
  • 韓流モジュールーK-popからツーリズムまでカテゴリ間の多孔性、伸縮性
  • 文化現象としての韓流ー韓国人特有のまたその所有物というよりグローバルにルーツを持つ文化集合体としての姿

”Of the Fans, by the Fans, for the Fans:The JYJ Republic”. Seung-Ah Lee. p108-129.

  • 2009年の(当時)東方神起3人のSMエンターテインメント訴訟劇の経緯
  • アイドル「生産」システムおよびその契約形態のポップ・ナショナリズム(国粋主義)的色合い
  • TVXQからJYJへー若年サブカル層による「抵抗の場」(ファンが業界に反抗する) 
  • ファンが作り、ファンが享受する「JYJ共和国」*4
  • ファンによるConsumerismーマクロレベルの政治とミクロレベルの政治の連動

”R.I.P. Gangnam Style”.Brian Hu. P229-243.

  • 2012年のPSY現象はオフィシャルに「終結」ー「江南スタイル」への欲望は完全に死んだーーーその理由として。。。
  • 刹那的な、一過性の興奮(ウェディングソングに選ばれる率の高さ)
  • (特にネット上で)ステレオタイプのアジア人として周縁化されるー人種差別、メインストリームの白人/黒人音楽ではないもの
  • アジア人男性のマスキュリニティーを「もてない男」「安全パイ」とみなしたい欲望から生じた「人気」ではないかという疑念
  • 名誉の死を遂げた江南スタイル

 非白人女性性、男性性については前にもかきました。ご参照ください。

ravensk.hatenablog.com

そうこうしてるうちにこの間はJYJ法が韓国の国会を通過するという事が起こりました。

headlines.yahoo.co.jp

一方ではファンが分裂に分裂を重ねて箱押しが難しくなるなどの害があるわけですが、マイクロとマクロの政治が確かに交錯しているようです。

 

結論です。オリエンタリズムとは権力あるいは主体が「他者」を東あるいは南と想定してジェンダー化、対象化、商品化、無力化していくプロセスであるとすれば 「アジア人の中年の女」ははっきりと「他者」の位置にいる。でもその私たちが消費する男性性もまた同じ主体によって「他者化」されている。私は「私」がそれを消費する理由をそこに求めます。

アイドルを消費する事は慨然的であっても必然性はないと考えます。そして消費する側とされる側で単に物理的な性別が逆転している事では特段エクスキューズされないと感じるのです。逆に私たちは「消費させられている」。誰に?それは私達本人でもあるのですが、、、

ここからは、次のシリーズFでもっと感覚的に追っていきたいと思います。

Oにちなんだ新旧二つの動画。いずれも歌詞をよく読んでみると面白いです。


[Special Clip] XIA(준수) ___ OeO [ENG SUB]

 


東方神起 / "O" -正・反・合

 
オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)

オリエンタリズム〈上〉 (平凡社ライブラリー)

オリエンタリズム〈下〉 (平凡社ライブラリー)

オリエンタリズム〈下〉 (平凡社ライブラリー)

*1:ゲイル・ルービンxジュディス・バトラー。「性の交易」参照。

*2:オリエント化。エドワード・サイード、「オリエンタリズム」参照。女性についての言及はエレーヌ・シクスーなども参照しています。

*3:植民地主義というと「いつの時代の事いってんの?」的なしょうもないツッコミを受ける事はツイなどでは多いですが、植民地主義は大戦と共に終わったわけではなく、グローバル経済と共にネオコロニアリズムとして今も継続しています。またかつての宗主国はなんらかの形でかつての植民地への優位性を保持し第三世界を継続的に搾取し続けています。

*4:SMの「帝国」に相対する概念として考えると対照をなして面白い。最近の3人のグループとしての行き詰まり、ファンの個人ペン化含め、考えさせられる。そしてSMという帝国の看板は実は日本市場という別の「帝国」に支えられるものである事。(2)で書いてある田中東子さんの記事にも有るが消費を通した市民主義が共和国的と言えるとすれば、グローバル資本主義のネオコロニアルな性質とどの様に対峙するものか?女という「他者」が別の「他者」であるアイドルを買うという事の意味は?