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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

ファンタジーの棲まう場所(Stigma 2016の続きです。)

引き続きユチョンさんの暴行事案ですが、もしも暴行が事実であって立証されたなら、私が擁護しようがしまいが(擁護したいという心情はともかく)法的な処分が下されるでしょう。ただ、それと彼の音楽や演技の才能、これまでの実績には別の評価が下されることを望みます。*1

ただ、擁護しようとして、告訴した女性達を叩いている女性達の姿は、元慰安婦を叩く保守系女性団体の姿にも重なりますし、またそこに便乗する保守系ツイッタラーなどをみるにつけ、メディアのセンセーショナリズムと同じくらい気分が悪くなりました。自分自身の擁護したい気持ちに対しても、すなわち内在化されたミソジニーなんですが、その強力さや悪質さを感じるとともにミソジニーの具体的な発露として、弱者が別の弱者を攻撃する姿はやりきれない。*2フェミニストであろうが、人種差別撤廃論者であろうが、ミソジニーや弱者フォビア、ホモフォビアなどから完全に逃れられる人はまれでしょう。

ユチョンさんの闇の部分、実際多くの方が感知はしていたのではないかなとも思います。少なくとも私はそうです。*3 アイドルであれば公にすることで商品価値の下がるようないわゆる「公序良俗」に反する部分とか、商売にならない部分は通常切り捨てられているものですが、例えば男性ジェンダーと暴力性は切っても切れない関係にあり、やはり顔を出しがちなものです。ユチョンさんだけではないですよ、他の芸能人はもちろん、残り4人のメンバーについてもアンテナが動く部分、大なり小なり有ります。

アイドルである誰それを「信じている」という言説がありますが、私はそれらの闇に属する部分が「ない」という風には「信じられない」。最初から全く信じていないどころか、常日ごろ、その「信じる」という言葉には疑問を生ぜざるを得ないと思ってきました。アイドルという文脈でそれを使うことは、相手(アイドル)が自分の管理下にあって思い通りになるという確認に過ぎないと思うからです。そのうえで「信じられなくなった」ら、あからさまに捨てようとしたり、攻撃する対象につかうというファンからアンチへの遷移にはそれをするファンの承認欲求の激しさや、ストーカー的心性をあきらかに見てしまいます。(キリスト教的な神への信仰とアイドル信仰を分けるものは、だいたいそのあたりだと思っていますが、、、混然としている向きもあるかもしれませんね。)

翻って韓流スターとしての彼の責任の取り方を問うことはファンにとってこそ今後も彼を応援していくうえで、きっと大切なことだと思います。

調子にのってただただ断罪するだけのメディアやSNSにはうんざりしますし、どうやっても、意地悪なからかいやアンチの罵り等は消えないでしょうが、なぜこういったことが起きてしまうのか理解するには、問題の根底にアクセスすることも必要かもしれません。最近は「フーゾク」の報道にも受け手がなれたというのか、橋下さんのようにフーゾクは必要とか皆納得しているのかそれはわからないのですが、あえて疑問視をしない報道の傾向が気にかかります。が、3年ほど前のこの記事は、風俗関係の職につく女性の現実をよく照らしていると思います。

blogos.com

この中で荻上チキさんは、ワリキリという形態の性サービスに従事する女の子の貧困や学歴の低さ、家族の問題や精神疾患という就業の理由ともに、なぜ男性たちがワリキリに惹かれるのか、性欲の解消だけではないその理由を語っていました。そのままユチョンさんに当てはめようとは思いませんし、業態がかなり違うので異る部分は多いでしょう。が、確かに「彼のようにモテる男性がなぜ?」という声を耳にすることは多いです。チキさんは、

"独特のすさんだ空気が癖になる人もいる"

と指摘し、自身もそれがいやではなかったと語っています。

振り返って報道の切れ端を拾い集めてみると、カメラにあれほど愛されていると思われたユチョンさんがなぜカメラのない場所を「性」の場所に選んだのか?サセンの設置したカメラを壁を這うように避けて歩いていた映像がもう一度頭をよぎりました。そして思いました。これはまるで、「呪文」のPVのようではないか?

性と暴力にからめとられてしまう彼の姿を現実に見たくはなかったです。でも彼とて我々と同じ現実を生きているわけです。そして我々の現実を構築している社会の屋台骨にこそそういった病理としてのファンタジーが宿っているのではないか、と感じています。

 

*1:彼ら5人が日本型のアイドルと一線を画した違いは彼らの本物の才能や技術にあったはずです。

*2:これは、フロリダの銃撃事件などにも共通します。

*3:「心の闇」ではないですよ?スポットライトの当たらない部分という意味です。誰にでもあるでしょ?秘匿している部分が。