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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

ウガンダのホモフォビアと「日本会議」。

 

ウガンダ大統領が、同性愛を非合法化する法案を通したというニュースはまだ比較的耳に新しい*1 ですが、その後、ロシアでも同様の同性愛排除の動きや、政権によるホモフォビア発言などがニュースになりました。*2 

欧州やアメリカの同性婚を法的にも認める動きが2000年代から大きな潮流となり、あの保守的なカソリック教会までが軟化する姿勢をみせたり、ついに日本でも渋谷区が同性カップルに証明書を発行する流れとなってきた、まさにそのタイミングで相反する主張が次々と現れたわけですが、このウガンダとロシアという遠く離れた二つの国でほぼ同時に興ったホモフォビアの嵐に、非常に似通った言説がみられると指摘しているのが、下の動画のリポーターJeff Sharlet氏です。

www.youtube.com

Sharlet氏によれば、この遠く離れた二か国のそれぞれのホモフォビア的主張のなかで、共通して使われる用語が ”family value”であり、”Traditional value”であるということで、これは米国に本拠を置く宗教右派にあたる福音派教会や右派シンクタンクの政治的主張に使われる用語とまったくと言っていいほど同じである、ということ。また政権の背後にこのキリスト教福音派の援助、影響は否定できないであろうこともリポートされています。

ウガンダの反同性愛の主張は、いわく、グローバル化によって欧米の悪しき文化が輸入され、その影響でこういった「自然に反した変態性欲=ゲイ、レズビアン、ホモセクシュアル」が現代自国文化のなかにはびこった。これはウガンダの伝統、家族の伝統を壊していると。が、それに対する「救済」もまた西洋からやってきた、という言説のようですが。

アフリカ文化や社会をいくらかでもご存知の方であれば、この主張のおかしさがお分かりでしょう。つまりウガンダ社会にはもともと豊かな同性愛文化が存在していたということ。そして、現代ウガンダ社会が西欧から輸入したものは「同性愛」などではなく「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」という概念ではないのか?地域のLGBT運動家、研究者からはこのような声があがっていますね。

日本でも渋谷区のニュースが駆け巡った際に、右派の論壇でつかわれていた常套句がやはり、「同性愛は家族、結婚という伝統的価値を壊す」ということだったと記憶していますが、これらは最近話題に上ることの多い「日本会議」の主たる提唱事項、価値観ともかぶるものです。

これがはたして本質的に信仰の内容と関連があるかは疑問が残りますが、確かにホモフォビアはヨーロッパでユダヤ、キリスト教文化圏が拡大していくこととともにその教義に反する人間の行いとして、先行的に現れたわけですが。でもそう言った価値観は産業革命を経てドラスティックに変化した近代家族制度(異性愛中心主義、一夫一妻制)と資本主義をともなって他の地域に流れ込んでいった、いわゆる植民地主義的価値観ですよね。

非常におかしいのは、ロシアもウガンダも、そして日本も同じようにこの「植民地主義」的、19世紀的な価値観を「伝統」と呼んでいること。ちなみに日本文学、文化の嚆矢橋本治氏がこれについてどう考えているかという記事がたまたまリテラに載っていましたので下記参照させていただきました。

lite-ra.com

戦後GHQによる洗脳論が今のところ盛んに言われて居るようですが、だったらそれより前に明治維新からの西欧型植民地主義、近代家族制度による「洗脳」はどうなのか?現在も世界の各地で起こる酷似した言説に一体どのような説明を付けるのか?

植民地主義の暴力性は今更私が語るまでもないことですが、特にアフリカ大陸では地図を見ればその爪痕が定規で引いたようなまっすぐな線の国境線として表れています。たぶん、民族や村落などが住民にとっては無意味に分断されて行ったであろう線ですね。例えばコンゴは、今でもレアメタルをめぐる利権など政治が混乱、内戦をひきずって、多くの女性が自国の兵士によってレイプされていますが、兵士の彼らにインタビューを試みたドキュメンタリーでは、彼らがなぜレイプするかという目的の一つに相手方の「家族を壊すこと」が上がっていたのに衝撃を受けました。被害者はレイプによる暴行で亡くなるケースも多いようですが、命が助かってもレイプされた妻を夫が受け入れるのを拒んだり、レイプ後結婚が破綻するケースが多いといいます。また地元の村社会からも存在を排除されてしまう事も多いと。

家族という「価値」を壊して利用するのは同性愛者でもなんでもなくて「戦争」や「テロ」という暴力であり、そのストラテジーじゃないか?家族が価値を産むものだからこそ、その社会を分解させることが勝利への近道。逆に考えればその社会を壊そうとするならある一定の「価値」を設定しておいて、それから壊せばいいという考え方もできます。家族や女性をpolitical economy とする植民地主義は、それらの価値観を確実に世界中に植え付けた、と捉える事が出来ると思います。

コンゴの内戦についてはそのあまりの女性に対する暴行のひどさから「女に対する戦争」ではないかという声も出ています。たしかに「産む性」を根絶やしにするのは究極的な戦略かもしれませんが、そうやっていけば戦争で不毛となった土地ともどもただ滅亡するだけではないかと思うのですが。。。。それにしても、インタビューに答える男性兵士たちもとても不幸に見えました。食料も、抱きしめてくれる家族も「俺には何もない」と言った兵士はまだ本当に少年のようでしたが。

 

*この記事を書くにあたり去年アメーバなうで日本会議の話題を持ち出してたことも思い出しました。今年は物凄い話題に成ってますね。

 参照:

Baldwin, Tammy, et al. "An Open Letter to the President of Uganda." Gay & Lesbian Review Worldwide 17, no. 5 (March 2010): 5. Humanities Full Text (H.W. Wilson)

The paradox and tension of moral claims: Evangelical Christianity, the politicization and globalization of sexual politics in sub-Saharan Africa Kaoma, Kapya. Critical Research On Religion Volume: 2 Issue 3 (2014)

Congo soldiers explain why they rape - YouTube