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夢のみとりz

見取り図を書いたり、看取ったり……黙って見とれ?はいはい。。。

脱「アイドル(構築)」?其のいち。

日本にもうすぐ帰るというのに、支度も中途半端にして記事を書こうとしています。

なんとなく、この件については書いておかなければという気になり、記録を兼ねて書いておきます。まずは、今朝いつも気にいって聞いている荻上チキさんのラジオのポッドキャストを聞きました。

| 【Podcast】「女子大学生が襲われた事件~ストーカー被害とメディア問題」(※補足あり) 小早川明子×紀藤正樹×吉田豪ほか▼5月24日(火)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」平日22時〜)

こちらでは、まず被害を受けた女性が「アイドル」であるという報道が事実を反映していないことと、それが現在のマスメディアにおける「アイドルとオタク」というステレオタイプ化された語りに直結し、被害者を責める、あるいはオタクをクラスタごと責めて片付ける単純な論に持ち込まれやすく、また問題の焦点であるストーカー犯罪が見えにくくなっている、という点が語られていました。そのような点は被害者を救うための犯罪対策や、加害者に加療するための対策が遅れがちという最もフィジカルで緊急性のある問題を不可視化しないという観点でとても納得できるものでした。*1

その後ツイッターをチェックしているときに今度は上野千鶴子先生のツイを見かけました。

さすがです。鋭い。おととしのサンタバーバラ殺人もミソジニーではないかと言われてますよね。。。

 その後にこちらのツイも見かけました。

どの方の言ってることも間違いとは思えない。この事件について、荻上さんのラジオでは報道の誤謬を指摘し、現在の報道に不足している観点を加えたのですし、類型化しがちな報道の構造的な機能不全をも指摘しています。またこういったストーカーや性暴力は「女」をターゲットに起こりやすいという共通点があり、それは上野先生がシャープに指摘されるように「支配」と「コントロールできないことへの怒り」(すなわちきりのない支配の欲望)と密接に結びついていると思える。しかし、最後のかたの言われるように「アイドル界隈」はこの部分についてやはり、一般化されにくい特殊なまとまりとしてなんらかの「傾向」をみせているのではないか?

ただし荻上さんもおっしゃっていたように、この事件はありがちな語り口である「アイドルとファンの距離感」というひとくちだけのフレーズで斬られて、終わってしまうようなものでもないと思うんですね。そしてストーカー対策は急務です。ただし、とても現代的な病とも見える「ストーカー現象」にはストーカーの怒りの原因である支配とコントロールという欲望についての不全感がつきものでしょうが、その不全感はどこから発生するのか?

社会構造のなかで人間誰しも等しく「愛され、ケアされる」ことが必須というある種の規範があります。その「愛(つまりケアや癒し)」の提供を担当する人々(「女」やジェンダー化したアイドルなど)が主体たり得ない「他者」とみなされる現在の社会構造ではケアは客体化された「女」や「アイドル」から主体に向かって一方向で提供されるサービスであり、いっぽうサービスを受けられない「主体」であるはずの「自分」と、受け入れてくれない「ケア提供者」であるはずの女やアイドルという図式が、激しい不全感を伴ったストーカー現象に結びついてしまうのは道理ではないのか?

アイドルファン文化を見ていればお気づきでしょうがアイドルには「ストーカーファン」化(いわゆるスタン、やらかし、サセンなど)が激しく、その行状の異常さは東方神起、JYJのファン、あるいはK-POP全般のファンにはもうおなじみですよね。そして、ビジネスの側は、それらを取り締まるポーズは見せているのかもしれませんが、実際はスタンたちの執着が増せば増すほどそれが「売れる」バロメーターとなっていく。

以前翻訳した米記事もここでちょっと参照してください。*2

 

ravensk.hatenablog.com

またその後のツイで上野先生が沖縄のジェンダー化をつぶやいていらしたのですが、それと同じジェンダー化が、もちろんアイドルにも起きていてそれは男性アイドルであってもかわらない。特に自分の言いなりにならない(理想の姿を継続できない)アイドルに対する度をこしたアンチの粘着ぶりには、ストーカーの粘着と同質のものが見えることもある。

荻上さんのラジオに出演していらしたストーカー被害者の支援をされている方が、ストーキングする側こそ非常に自分を被害者に見立てやすいといわれていたのですが、確かにスタンになりかけているのではないかと疑われる方の発信されるSNS等の文面からはアイドルが加害者で自分が被害者のようなポーズが見えてくることもあります。明らかに共通の性質は見える。

ただ、そういった性質を持つからといっても個々の行動の程度はさまざまであり、犯罪行為までする人口は無論一握りと言われている。実際犯罪に走る場合は明らかに精神的に病的なレベルに達しているのでしょう。ですが、ここをアイドル業界や、ジェンダー構造と無関係に切り分けることもできないのではないかな?というのが私の意見です。また、現在のジェンダー化され、モノ化されたアイドルの存在の仕方を丸ごと前提にしてそこから出発することもできない、とも思いましたね。

 何時書くか、まだわからないけど続く。。。

*1:また、これは報道におけるパワーの問題、つまりいったん「アイドル」として語られたら最後「人間」ではなくなってモノ化されるという二重の意味での害もあるのではないでしょうか?

*2:ユンジェペンの皆さまおなじみ、サムの記事です。